大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和34年(ネ)206号 判決 1960年3月10日

控訴人 被告 榎幸

被控訴人 原告 尾崎治一

主文

原判決中控訴人に対する部分を次のとおり変更する。

控訴人は榎忠春と連帯して被控訴人に対し、金参拾参万円とこれに対する昭和参拾壱年七月壱日以降右完済に至るまでの間の年壱割八分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

本件当事者間の訴訟費用を第一、二審を通じて四分し、その壱を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決中控訴人に対する部分を取消す、控訴人に対する被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求めた。被控訴人は(訴の一部取下の方法で後に記すとおり請求を減縮した上残部の請求につき)控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴人において、本件消費賃借は被控訴人が榎忠春に現実に金三十三万円を交付してしたものではない。これよりさき昭和三十年八月四日に同人が訴外亀谷一十から金三十万円を弁済期日同年十月三十日、利息一ケ月につき五分の割合の約束で借りうけ、被控訴人と訴外藤岡治市が右榎の委託をうけてその連帯保証をしていたが、主債務者である同人が債権者に対し、昭和三十一年三月分までの前記割合による利息並びに損害金を支払つただけであとの支払をしなかつたため、被控訴人が債権者から支払の請求をうけ、主債務者からも支払の委託をうけたので、やむをえずに債権者に対し、昭和三十一年五月二十四日、前記元本金三十万円と約定利率による同年四、五月分の損害金三万円合計金三十三万円を支払つた。これによつて被控訴人が主債務者榎に対し有するにいたつた求償債権を本件消費貸借の目的としたのである。また、控訴人は本件消費貸借の連帯保証人となつたものであるが、このことは被控訴人が前記の支払をするための絶対的な条件としていたことで、控訴人自身事前にこれを承諾していたし、後に被控訴人の使者尾崎晋二郎や藤岡治市が度々控訴人に面会した際もこれを承諾していた。なお、被控訴人は原審において、本件貸金の利息として、貸付日である昭和三十一年五月三十日以降弁済期日である同年七月三十一日までのものを請求していたが、被控訴人は右支払期日前に債務者榎忠春からその最初の部分につき一ケ月五分の割合による弁済として金一万五千円の支払をうけていたのを同年五月分の利息の内入と錯誤していたから、これを正し且つ計算の煩雑を避けるために、昭和三十一年七月一日から同年七月三十一日までのものに請求を減縮する旨述べ、控訴人において、被控訴人が主張する消費貸借の経緯については一切知らない、控訴人が連帯保証をすることを承諾した事実はないと述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として被控訴人は甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証ないし第五号証の各一、二を提出し、原審証人藤岡治市、尾崎晋二郎の証言を援用し、乙第一号証中郵便官署作成部分及び乙第二号証の成立を認め、その余は不知、甲第一号証の一の認否の訂正には異議があると答えた。控訴人は乙第一、二号証を提出し、当審証人榎忠春、藤岡治市の各尋問を求め、甲第一号証の一は控訴人名下の印影が控訴人の印鑑と同一であることのみ認め、成立は否認する。この点に関する原審の口頭弁論調書の記載は誤つている。甲第一号証の二と第三号証の一以下の郵便官署作成部分とはいずれも成立を認め、その余は不知と答えた。当事者双方は更に、被控訴人において当審証人榎忠春の証言につき、控訴人において原審証人尾崎晋二郎、原審並びに当審証人藤岡治市の各証言につき、それぞれ互いにこれらの証言が事実に反する旨を述べた。

理由

一、まず、本件の主債務である貸金の成否につき考察する。

成立につき争がない乙第二号証、原審並びに当審証人藤岡治市の証言によつて真正なものと認めうる甲第一号証の一(但し控訴人名義の部分については後述する)、甲第二号証の各記載と右証言並びに原審証人尾崎晋二郎の証言を綜合すると、榎忠春は昭和三十年中訴外藤岡治市の協力をえて高知県中村市において、後記控訴人の所有名義とされたアパートを建築していたが、その資金に不足をきたしたので、藤岡治市に資金調達の斡旋を依頼し、同人はこれを被控訴人に、被控訴人は更に訴外亀谷一十にそれぞれ依頼した結果、これらの者の間に昭和三十年八月四日亀谷一十を債権者、榎忠春を債務者、被控訴人及び藤岡治市を連帯保証人とする被控訴人主張の如き消費貸借が成立したこと、しかし、榎(榎忠春をいう、以下同じ)は被控訴人主張の如き弁済をしたのにとどまり、その余の弁済をなしえなかつたので、被控訴人は昭和三十一年五月中亀谷から連帯保証人として元本並びに昭和三十一年四、五月分の損害金として金三万円合計金三十三万円の支払をするよう求められ、やむをえず、当時、藤岡治市及び同人を通じて榎に対し、この保証人としての弁済をするについて同人らが後記のような条件を充たすことを要求し、同人等の同意をえた上で、昭和三十一年五月二十四日亀谷に対し前記金額の支払をしたこと、そして、榎は被控訴人の右金額の弁済を承認し、被控訴人が自己に対し金三十三万円の求償債権を有することを認めて、同年同月三十日被控訴人との間に、これを消費貸借の目的とすること、弁済期日を同年七月三十一日とし利息を一ケ月につき五分の割合とすることなどを約束したこと、以上の事実をそれぞれ認めることができる。この認定を左右するに足る証拠はない。なお、被控訴人は前記の如く当審において、本件消費貸借の利息につき右約定の利率による一ケ月未満分の支払として金一万五千円の弁済があつたこと、それが当初の分に充当されたことを自認し、これによつて利息の請求を減縮したが、本件貸金に関して右以外に弁済があつたことを認むべき証左は何もなく、他方また本件貸借について当事者が債務不履行の場合の損害賠償の額を予定したと認めるに足る証拠がない。(本件貸借のもととなつた前記の亀谷と榎との間の消費貸借において、その当事者が乙第二号証の契約書に損害金の条項がないままで、実際には約定した利息と同額の損害金を授受してきたことから推せば、本件の関係者らも利息と遅延損害金とを区別せず利息という語のうちにこの両者を含めて考えていたと一応はいえそうであるが、これだけでは証拠としてなお十分ではない。)

右の前提にたつて考えると、被控訴人の亀谷一十に対する支払は、榎の承認並びに委託にもとずきなされたものということができるから、被控訴人はその全額につき榎に対し求償権を取得したというべきである。なお、右の支払にあたつて、榎がそれまでにした月五分の割合による利息、損害金の支払をそれぞれの当時任意充当されたとおりの弁済としてのみ考慮し元本及び他の期間の利息、損害金に対する弁済とはみなかつたことの当否につき一言すると、このように一旦任意に支払われたものについては、利息制限法第一条第二項、第四条第二項がいずれもその返還を請求することができないと定めていること及び同法が消費貸借の要物性を充足させることを主な目的として第二条所定の場合にだけ当事者の合意と異る充当を擬制したことの法意からみて、支払後はその充当が不当なこと、同法の制限超過部分が元本の支払に充当されたということなどを主張することができないと解すべきであるから、前記の取扱はもとより当然であつたといわなければならないのである。このようなわけで、被控訴人から榎忠春に対する右求償権を消費貸借の目的とすることを約した右両名間の契約は、これと同額の、弁済期日を昭和三十一年七月三十一日とする消費貸借として成立したといわなければならない。ただ、この契約についても利息制限法が適用されるから、利息については、その法律上有効な限度は年一割八分の割合によつて計算した金額にとどめられ、損害金についても、前記のとおり賠償額の予定がされていないのであるから、利息制限法第一条第一項、民法第四百十九条第一項但書によつて、本件での法律上有効な約定利率である年一割八分の割合によつて計算した金額と解すべきである。

二、よつて、以下、本件の連帯保証契約の成否につき考察する。

原審並びに当審証人藤岡治市の証言によると、被控訴人はもともと榎を知らず、ただ知人の藤岡治市に依頼された関係で前記のように榎のために連帯保証人となつたもので、同人が債務を履行しないために自分が債権者から追及され、代払をしなければならなくなつたのについては、その後の自己の榎に対する求償権が確実に担保されることを強く望み、当時藤岡治市及び藤岡を通じて榎に対し、自己が同人に対して取得することとなる求償権について、同人がその所有不動産に抵当権を設定すること及び藤岡治市と榎の妻である控訴人の両名が連帯保証をすることを要求し、藤岡と榎の承諾をえて前記のとおり出捐をしたのであること、そしてその結果として右両名は本件の消費貸借について右趣旨にそう借用証書(甲第一号証の一)を作成し、同書面中連帯保証人としての控訴人の住所、氏名、捺印部分は榎がこれを記載、押捺し、このようにして両名が被控訴人方に持参し交付したことが認められる。ところで、右証言及び当審証人榎忠春の証言によると、榎と控訴人とは元来同居の夫婦であり、しかも本件貸借が生ずるようになつた原因であるアパートは昭和三十一年に完成した当初から控訴人の所有名義となつているものでしたがつてこの貸金は控訴人にとつて無縁のものではない上、右甲第一号証の一の控訴人の名下に押捺された印影は控訴人の印鑑であり、その印顆は榎が当時自己の印顆と共に常時所持していたことがそれぞれ明かである。また、右藤岡治市の証言と原審証人尾崎晋二郎の証言を併せると、この借用証書が差入れられた際に、藤岡治市と控訴人との各印鑑証明書が添付されていなかつたので、被控訴人から添付の要求があり、その直後から藤岡治市は被控訴人の使いとして度々控訴人宅を訪ねて控訴人に対しその事情を話して同人の印鑑の証明書を早く被控訴人にとどけるよう催促し、被控訴人の子尾崎晋二郎も昭和三十一年六月頃以降、同様被控訴人の使者として、度々同様の催促をしたが、控訴人は、この間、自己が連帯保証人であることを争つたことはなく、印鑑証明書は夫である榎にいつてあとでとどけるという返事を繰返していたことをそれぞれ認めることができる。当審証人榎忠春の証言中以上の認定に反する部分は信をおきがたく、また他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

右の諸事実によると、榎忠春が本件借用証書に控訴人の記名捺印をした当時において、既に、控訴人がこれを許容していたものと推定すべき相当の根拠があるだけでなく、すくなくとも、同人が被控訴人の使者である藤岡治市、尾崎晋二郎の前記催促をうけた当時において、本件連帯保証を承諾したということができるのは明瞭である。

三、以上の次第で、控訴人に対する被控訴人の本訴請求中、連帯保証債務の履行として、本件貸金元本金三十三万円及びこれに対する昭和三十一年七月一日以降同年同月末日までの間の年一割八分の割合による利息、同年八月一日以降右完済に至るまでの間の同じ割合による損害金の各支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべきであるが、この限度を超える損害金の支払を求める部分は理由がないから棄却すべきである。

よつて、右の限度で原判決を変更し、(原判決中変更をうけない部分に対する仮執行宣言は効力を失わない。)訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第九十二条本文に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷弓雄 裁判官 橘盛行 裁判官 山下顕次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例